魚をさばくのはエグイから嫌!という人にこそ読んで欲しい話

あなたは、魚をさばいたことがあるでしょうか。

今回は、釣りと魚をさばいたことによって感じたお話です。魚をさばくのはエグくて嫌だという方は是非読んでみて下さい。

そして、子供にも伝えていきたい食物の命のお話です。

自然から学ぶこと

ここ数年、ペコちゃん家族は皆で釣りをしています。

釣りを始めて感じることといえば、やはり「自然や生命のつながり」です。

なぜなら、月の満ち欠けや気温や水温や風速、潮の満ち引きなど、すべて釣果に関係してくるのです。当日だけではなく、前日の天気までも関係してくるのです。

まさに釣りは、自然に大きく左右されるものです。

以前は、雨の日は嫌だなとか、寒い日はキライだとか、そんな自分本位のことしか考えることはできませんでしたが、地球上の生き物や植物のことを考えたら、雨だって必要なものだし、気温の変化だって、生命にとっては大切なことなんだと考えるようになりました。

結局の所、私達人間もその恩恵をしっかり受けているはずなのに、それすら気が付いていなかったのです。

それから、釣りを始めて決定的に感じることは「命をいただいている」ということを強く感じるようになったことであります。

現代スーパーで売られているものは、ほとんどが魚の切り身や肉を切ったものです。

すでに他の人の手によって、食べやすくされているものがほとんどです。

なので、もうすでにパックに入っていたり、調理されていたりするのが当たり前で、それを何も考えずただ購入するいうことが当然のことでしょう。

ですが、釣りを始めてからというもの、いかに大切な命をいただいていたのかということに気付かされたのです。

 

釣った魚をさばく時、魚は大暴れします。

血まみれになり、内臓を取られてもまだ暴れています。すごい生命力です。私の顔まで血が飛んできます。

釣られた魚達は、まだ生きていたいと思いながら、捌かれていきます。

この魚を目の当たりにして、色々な感情が出てきます。今までパックされた魚や肉しか見てこなかった自分にはなかった感情です。

〝自分はこんな大切な命をいただいていたのかと

ですから、釣った魚達を調理した際は、必ず頭をなでなでします。そして、美味しく感謝の気持ちをもって食べ、自分の命にさせていただきますと誓っています。

この魚の命を無駄にするわけにはいかない

そんな気持ちが湧き上がってくるのです。

この世に生きている命をしれーっと奪っておいて、グチや不満を漏らしながら生きていく人間なんて、なんて傲慢なんだろうかと感じるのです。

命をいただいている以上、感謝の気持ちを持って、いかに美味しく、楽しく、ありがたく食べるということが大切かということに気付かされたのです。

魚の内臓は気持ち悪いから触りたくないとか、エサも気持ち悪いから触りたくないとか、よく耳にします。

もちろん、触りたくなければ触らなくてもいいと思いますが、その内臓やエサがあるからこそ、魚は生きていたのだし、それも大切なものということだけは忘れてほしくありません。

 

子供にも伝わる

 

命の大切さを知るということや自然を知ることに対して、子供にもいい影響を与えるものだと感じます。

釣りは、まだ真っ暗な早朝から行く時もありますが、朝日が出るくらいに行く時もあります。

先日は朝日が昇ったばかりで、あまりにも朝日がキレイで子供がとっても感動していました。

「太陽きれい!太陽すごい!」って。

川の流れに感動したり、水のキレイさに気が付いたり、鳥が魚を狙いに来る姿を見て、生きていくために一生懸命なんだということを感じたりしているようです。

もちろん、隣で魚をさばくところも見ているので、命をいただいているということをありがたく感じて食べています。

参考→毎日トイレの水が当たり前に流れていますか?だから感謝の言葉が言えないのです

魚の不思議

それから、釣りの不思議なところをみつけました。

それは、人間的に素敵な人は釣りが上手いってことです。

まだまだわからないことだらけの釣りなので、悪戦苦闘していると、近くにいる上手い方が親切に教えてくれたりするのです。

先日も初対面なのに、こういうもの使うといいよって親切に教えてくれて、ウチの子供に釣りで使うものを色々くれたり、釣った魚も分けてくれたりしたのです。

他の上手な人にも、わからないので近くで見させてもらってもいいですか?と聞くと、快く〝いいですよ!〟と言ってくれるのです。

そして、釣りが上手い人が共通していることというのが〝マナーが良い〟ということなのです。

狭い場所に無理やり入ってきたりする人は、だいたい釣れずに舌打ちしたり文句を言いながらやっていて、結局釣れないとイライラしながら去っていきます。

しかしマナーが良く、自分以外の誰かが連れると、自分が釣ったみたいに喜んでいる人は、不思議とたくさん釣るのです。今、ここ狙うと釣れるよ!って皆に教えてくれたりするのです。

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お魚さんも、この人になら釣られてもいいかなって思うのかな?って感じるくらい。

もちろん自然相手のことなので、1匹も釣れないボウズの日だってあるでしょうけど、とにかく人として素敵だなと感じる人のところには魚も集まってくるようです。

生き物にはきっとわかるのです。

最後に

私達は普段、お店へ行けば、食材や食事は何でも手軽に買うことが出来ます。

ですが、その1つ1つにも実は命があり、そのお店へ辿り着くまでには色々なドラマがあるのです。

そんなこと、考えたことも中々ないでしょう。

私達は、その命たちに生かされているのです。そう感じることが出来ると、調理をする心構えさえ変わってきます。

ごはんを作るのが面倒だなと思いながら調理されていく命たちはどう感じるのでしょう。

 

だから私はいつも、ごはんを作ることに全力投球なのです。もちろん、一緒に食べる家族のことを思いながら作りますが、調理されていく命たちに対しても、いい加減な気持ちにはなれないのです。

自分の口に届くまでのこと、自分の体に入ってからのこと、その先のこと、全部繋がっているのです。

ありがたく調理し、ありがたく頂き、ありがたく生きていくことって本当に大切なんだなと釣りを通して感じたのです。

いろいろな命が、自分にもなっているということを意識出来たら、普段の考え方も変わるということを伝えたいことでした。

今日も読んでいただいてありがとうございました!ばいちゃ!

 

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